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独断と偏見で選んだ映画・DVDの感想・(似非)批評をしていくブログ
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タイヨウのうた
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太陽の光にあたれない難病XP(色素性乾皮症)の少女、雨音薫(YUI)は16歳。昼間の高校に通えない薫は、夜になると駅前広場に出てギターの弾き語りをしている。そんな彼女にとって、早朝にサーフボードを持ってたたずむ1人の少年(塚本高史)を、部屋の窓から眺めることが密かな楽しみだった。夏休みを間近に控えたある日、夜の街で少年と遭遇した薫は、勇気を振り絞って彼に声をかける。薫と少年・孝治はやがて親しくなり、月の下でデートをするようになるが…。

「世界の中心で、愛をさけぶ」「今、会いに行きます」に続く純愛3部作と言われている作品。
私的には初っ端からハードルあげすぎでは・・・と懸念。
観た人がじわじわ口コミして宣伝していったほうがよかったのではないかと思う。「純愛完結編!」とか言われると、最初から「どれどれ・・・」と斜めから観てしまいそう。私だけか?

というわけで、まずエラそうに攻めから入らさせていただきます。まずこの主人公の持つ「色素性乾皮症(XP)」は皮膚症状から付けられた病名。
でもね・・・、YUIたん、お肌つるっつるなんですよ。健康な私なんかよりもね(笑)
後半から、徐々に病状が悪化して手に麻痺が出てきて、ギターが弾けなくなって、ついに車椅子生活になっても、知的にはそのままというのも、進行すると脳に障害が出てくるという実際の病状から考えると不自然。
そして、最期も、ソバカスひとつない、つるっつるの顔のまま。というかどう見ても死人の顔ではなく、むしろあのカットは必要だったのかとすら思ったが。
なんだか、XPがセカチューでの亜紀の白血病のような恋の上での障害という目的で、しかもあの作品よりも軽く扱われているような気がしてならない。
この映画が、「病気が進行していく様子を描く」のが目的ではなく「薫と孝治の悲恋を描く」のが主題だったとしても、実際その病気で苦しんでいる人も居るわけだから、ネタのように扱って、しかも病気の現実にそぐわない描き方をするのはいかがなものか。と思ったりもしたわけで。

次にそういった病気の描写抜きで語り始めますと・・・
最初は映画初主演というか演技も初挑戦のYUIたんの演技、覚悟はしていましたが、やはりまぁ、よく言えば純粋な感じですが、やっぱり女優ではないんだなという余計な思いがよぎって集中しにくかった。彼女のそういう演技がしっくりくるところと、やっぱり「演技」に見えてしまう不自然なところがあったので一概に否定は出来ません。

また、彼女にはその演技をカバーするだけの歌唱力があった。
YUIとしての活動は歌番組などで知っていたが、この映画の中でほど、心を突くことはなかった。彼女の歌がすごいのか、この映画の音響技術がすごいのか、とにかく路上ライヴのシーンは鳥肌が立ったし、感動した。やっぱりあんたは歌手だよ、と思った。

脇役陣はお父さん役の岸部シロー・・・じゃなかった岸谷五朗がねぇ、何か切ない顔や悲しんでる顔がすごい怒ってる顔に見えて、あれはそういう顔をするべく意図的だったのか、・・・私には彼が一重目ゆえにあんなニラミの効いた顔になったのではないかと思うのだが。お父さんといい、お母さん役の麻木久仁子といい、薫を囲む環境がイマイチ自然ではなくて、娘を失うかもしれないという親の辛さとか凄まじい感情の揺れなどがあまり伝わってこなかったな。ここでも、どうしてもセカチューの描写と比べてしまうけれど。

ドラマ化も既に決定しそろそろ始まるんでしょうが、セカチューもドラマで、より詳しく描かれて、厚みが出た気がしますし、今作もそうなればよいですな。山田はんは、頑張るだろうが、沢尻エリカたんの歌はいかがなものか。未知数です。

映画について私は割とキツめですが、この姉さん はこの作品で痛く感動されたようです。

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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

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【2012/11/06 10:51】 | # [ 編集]


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